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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2179号 判決 1984年9月28日

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

笠原嘉人

外四名

被控訴人(附帯控訴人)

岩崎真智子

右法定代理人親権者父

岩崎登

同母

岩崎カズ子

右訴訟代理人

松重君子

岸本洋子

美浦康重

主文

一  本件控訴に基づいて

1  原判決主文一項中控訴人に関する部分を取り消す。

2  被控訴人の各請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一審、第二審(差戻前、差戻後)、第三審(差戻前)とも、被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が昭和四三年一月二〇日生であること、本件バドミントンセットは、ホンコン製輸入品であつて、輸入業者が不明であつたため、昭和四七年一一月二七日に神戸税関長により収容貨物として公売処分に付されたところ、津田敏次が買受けたものであることは当事者間に争いがない。

二右争いのない事実と、<証拠>を総合すると、被控訴人(昭和四三年一月二〇日生)は、昭和四八年一〇月二八日叔母の新門絹江から本件ラケットを含む一組のバドミントンセット(以下「本件バドミントンセット」という。)を贈与され、同年一二月一五日夕方自宅付近の公園で兄弘志(昭和四一年一月二日生)と本件ラケット及びシャトルコックを使用してバドミントン遊戯中、弘志がシャトルコックを打とうとして本件ラケットを上から振りおろした際、グリップから鉄パイプ製のシャフトが抜けて飛び、それが被控訴人の左目に当り、そのため被控訴人が左眼眼窩部打撲等の傷害を受けるという事故(以下「本件事故」という。)が発生したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

三そこで、本件事故に関する被控訴人の責任の有無につき考察する。

被害者が、法七九条の規定により収容した貨物を公売に付したことにつき税関長に過失があるとして、国家賠償法一条一項の規定に基づき、国に対しその損害の賠償を請求することができるためには、本件上告審判決は、「(一)右税関長が、法八四条五項の規定により、当該貨物につき廃棄可能なものであるかどうか等を検査する過程で、その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知つたか、又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知ることができたと認められる場合であつて、右貨物を公売に付するときには、これが最終消費者によつて、右瑕疵の存するままの状態で取得される可能性があり、しかも合理的期間内において通常の用法に従つて使用されても、右瑕疵により最終消費者等の損害の発生することを予見し、又は予見すべきであつたと認められ、(二) さらにまた、税関長において、最終消費者等の損害の発生を未然に防止しうる措置をとることができ、かつ、そうすべき義務があつたにもかかわらず、これを懈怠したと認められることが必要であると解すべきである。」と説示するので、以下右の見地に立つて検討する。

<証拠>によると、次の事実が認められ<る。>

1  本件バドミントンセットは、本件ラケットと同じラケット二本とシャトルコック一個がポリエチレン製の袋に包装されたもので、ラケットは、頭部がガット枠とガットの一体成型されたポリエチレン、シャフトがクロム鍍金の鉄パイプ、グリップがポリエチレンであり、シャトルコックはゴムキャップをかぶせた台と羽根とが一体成型されたプラスチックであるが、ラケットの頭部付け根部分に「MADEIN HONGKONG」との表示があるのみで、包装袋やシャトルコックには特色の表示がなされていなかつた。

2  本件ラケットは、全長約五〇センチメートル、頭部(ガットを含む。)とシャフトの重さが三二グラムで、鉄パイプのシャフトはグリップに約二センチメートル差し込まれ、グリップのポリエチレンの応力(弾力)のみによつて保持(固定)されているもので、留金等の補具や接着剤で補強、固定されていなかつた。

3  本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一四四組は、ホンコン製で、カートンボックスに入つた状態で、昭和四六年一二月一六日神戸港へ入港したアストリア丸から同年同月一八日に同港で陸揚げされ、その後同港内の川西倉庫で保管されていたが、輸入業者が不明であつたため、神戸税関長によつて昭和四七年六月一三日法七九条一項一号により品名・玩具として収容処分に付された。次いで、同年一一月ころ右バドミントンセットは、同税関の慣例に従つて、その担当官が入札予定価格、税番、税率決定のための検査と数量検査を実施したが、右各検査はポリエチレン袋に入つたままの状態で行つてもその目的を十分に達成することができたので、そのような状態で行われ、その際に右バドミントンセットが法八四条五項の規定により廃棄すべきものであるかどうか等の検査も実施されたが、廃棄事由がないものと判定された。そして、右バドミントンセットは同年同月二七日法八四条一項により神戸税関長が公売処分に付し、雑貨類販売業者の津田敏次が買受け、同年一二月二日貿易雑貨販売業を営むサトーがさらに買受けて、以後右店舗の店頭にポリエチレン袋に入つた状態で山積みにして展示されていた。

4  サトーは昭和四八年一〇月ころ神戸第一六団ボーイスカウトの関係者から同団主催のチャリティ・バザーに出品の要請を受け、同年同月二八日本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一〇組等を出品して販売したところ、本件バドミントンセットが新門絹江に買受けられたほか、もう一組が販売された。

5  被控訴人は、前同日右新門から本件バドミントンセットの贈与を受け、そのころ自宅の部屋で二回位羽根突きのようにして遊んで使つたことがあるほか、本件事故当日までカズ子がポリエチレン袋に入れて自宅の押入れにそれを保管していた。

6  本件事故後の昭和四九年一月八日付をもつて、通産省工業品検査所大阪支所長が兵庫県立神戸生活科学センターから本件バドミントンセットの商品検査を依頼されて、右大阪支所の担当者が検査した際、シャフトが抜け飛んだ本件ラケットのグリップの付け根にひび割れが生じていて、それが縁まで達しており、又被控訴人が本件事故当時使用していたもう一方のラケットのグリップにも約1.3センチメートルの長さのひび割れが入つていて、グリップのシャフト保持(固定)力は、引張り試験(片方を固定し、他方をいくらの力で引張れば抜けるかという試験)では、本件ラケットが約二キログラム、もう一方のラケットが約五ないし六キログラムであつた(普通の大人の引張り力は平均32.9キログラムである。)。

7  ところで、四、五歳の幼児が本件ラケットを上から下へ力一杯振りおろすと、その時に生ずる遠心力は約五キログラムであつて、本件ラケットともう一方のラケットはともに本件事故直前においてシャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きく、振るという状態を引張り試験に置き換えるための安全率(三倍)をとると、本件ラケットのグリップの安全固定強度(保持力)は一二キログラム以上を必要とするものであつた。

8  ポリエチレンは、エチレンからつくられるポリマー(重合体)で、重合法(高圧法、中圧法、低圧法)により三種に大別され、分子構造の違いによつて結晶化度、硬さ、軟化点、引張り強さ、伸び、耐衝撃性等の物性を異にするが、一般に熱、紫外線によつて酸化し易く、又応力(当該固体のひずみ)によつても酸化が促進され、その結果不可逆的に劣化する性質を有するものであるが、本件ラケットは、ポリエチレン樹脂のグリップにクロム鍍金の鉄パイプのシャフトを強く差し込んだものであるから、右鍍金のためシャフトが抜け易いだけでなく、その構造自体によつて劣化が促進され、劣化の進行に比例してグリップのシャフト保持(固定)力が低下していくことが客観的に予想されるものであつた。

以上の認定事実によると、先ず本件バドミントンセットは四、五歳の幼児が使用して遊ぶ玩具であることが明らかである。そして、本件ラケットは、鉄パイプのシャフトをポリエチレン製のグリップに約二センチメートル差し込んだだけであつたうえに、シャフトもクロム鍍金されたいたため、シャフトがグリップから抜け易いだけでなく、グリップのシャフト保持(固定)力は材質及び構造上時の経過に従つて低下するものであつたのに、グリップとシャフトの接合部に留金等の補強をしたり、又接着剤によつてそれらを固定する等の措置がとられておらず、四、五歳の幼児が使用した場合においても、グリップからシャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きいものであつたから、設計上の瑕疵に基づく構造上の欠陥がある玩具であり、本件事故は右のような構造上の欠陥によつて発生したものというべきである。

しかしながら、神戸税関長もしくは同税関の担当者が本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一四四組を公売に付した当時右欠陥があることを知つていたと認めるべき証拠はない。なお、原審における証人中川輝和の証言及び弁論の全趣旨によると、神戸税関においては、収容貨物を公売に付する場合、税関長は、法七〇条所定の他の法令の規定により輸入に関して必要な許可、承認又は検査の完了等を必要としないものについては、通常入札価格、税番、税率及び数量確定のための検査を実施するのと同時に、当該貨物が法八四条五項の規定により廃棄すべきであるかどうかの検査も実施すること、前者の検査が外観上行うだけでその目的を十分に達成することができるときには、当該貨物の商品価値を毀損してその所有者等の権利を侵害することがないようにするために、後者の検査もまた、特に不審を抱くべき事情がない限り、外観上行われることが慣行になつていること、及び本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一四四組についてもポリエチレン袋に入つたままの状態で右の各検査が実施されたことが認められる(少くとも右バドミントンセット一四四組の全部もしくは一部について、ラケットをポリエチレン袋から取り出して後者の検査を行つたと認めるに足りる証拠はない。)。そして、神戸税関の右慣行は妥当なものと思料されるから、右バドミントンセット一四四組についてポリエチレン袋に入つたままの状態で後者の検査が行われたことは相当であつて、この場合、同税関長もしくは同税関の担当官がラケットについて、シャフトがグリップに約二センチメートル差し込まれただけであつたことやシャフトとグリップが接着剤によつて固定されていなかつたこと等を知ることはできなかつたわけである。したがつて、同人らとしては本件ラケットに関する右欠陥を容易に知ることができず、本件ラケットの使用により本件事故のような事故が発生することを予見することができなかつたものというほかない。仮に同人らが右バドミントンセット一四四組につき、ラケットをポリエチレン袋から取り出して手で引張る等の方法によりシャフトとグリップの接合状況を検査すべきであつたとしても、四、五歳の幼児が右ラケットを振りおろすときに生ずる遠心力の大きさとか、普通の大人の引張り力の大きさとか、玩具としての安全率とか、グリップの材質及び構造上時間的経過等によりシャフト保持(固定)力が劣化する数値関係等を的確に判断するだけの知識、経験を同人らが通常有するものであると認めるに足りる証拠がない。なお、神戸税関長が本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一四四組を公売に付した当時におけるラケットのシャフト保持(固定)力がどれくらいであつたかを証拠上明確に知ることはできない。もつとも、当時右ラケットのシャフト保持(固定)力が極めて弱いものであつたというのであれば、四、五歳の幼児が右ラケットを振りおろすときに生ずる遠心力の大きさ等の前記事項を的確に判断するだけの知識、経験が神戸税関長もしくは同税関の担当官にあることを待つまでもなく、同人らは右バドミントンセットが欠陥玩具であるとの判定が可能であつたというべきであるが、本件の場合、通産省工業品検査所大阪支所の担当官が本件事故後に本件バドミントンセットの各ラケットのグリップのシャフト保持(固定)力を検査したところ、右保持(固定)力は一方がひび割れの生じた状態で約五ないし六キログラムであつたことに加えて、グリップの材質及び構造上の時間的経過等による劣化現象があることを考慮するとき、神戸税関長もしくは同税関の担当官が右公売時点において手でシャフトをグリップから引張る等しただけで、果して右バドミントンセットが前記のような欠陥を有する商品であると容易に知ることができたかどうかも疑問である。

以上のとおりであつて、神戸税関長が行つた本件バドミントンセットを含む同種のバドミントンセット一四四組の公売処分は公権力の行使に該当するが、同税関長には故意、過失がないから、被控訴人は控訴人に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づいて、被控訴人が本件事故により被つた損害の賠償を請求することができない。

さらに、本件公売処分が私法上の売買契約の性質を有するものと解すべきであるとしても、神戸税関長の立場に照らして同人に故意、過失がないものというべきことは既に述べたとおりである。したがつて、被控訴人は控訴人に対し、民法七一五条に基づいて、被控訴人が本件事故により被つた損害の賠償を請求することもできない。

四よつて、被控訴人の本件各請求は理由がないから棄却すべく、その一部を認容した原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決主文一項中控訴人に関する部分を取り消して、被控訴人の各請求を棄却し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(栗山忍 高山健三 松尾政行)

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